名車に出会う⑥ 0系新幹線に感激、そして七人の侍との出逢い(京都鉄道博物館)

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(旅客機をイメージして開発、後に「団子鼻」と親しまれた0系新幹線) 
 幼少の頃、夢にまで見た東海道新幹線の0系車両に京都から東京駅まで初乗車しました。在来線と違い、揺れるが少なく、ホームを滑るように出発。京都-山科駅間にある東山トンネルを抜けるとぐんぐん加速。「ビュワーン、ビュワーン走る」の歌い出しで当時流行した「はしれちょうとっきゅう」の歌の通りで、車窓からの景色の流れは予想以上に早く、その感動が鮮明に脳裏に焼き付いています。
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(京都鉄道博物館に展示されている開業時の0系21形 )
 「夢の超特急」と呼ばれた東海道新幹線は高度経済成長のさなか、国鉄が1964年(昭和39年)10月に開業しました。0系は2008年に営業運転を終えるまで224編成3216両(山陽新幹線用を含む)が製造されました。
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(新幹線の高架下を客車牽引のSLが通る時代も・旧福知山鉄道館展示写真)
 丸みのある先頭形状から、晩年は「団子鼻」の愛称で親しまれました。旅客機をイメージしたスマートなデザインで、青、白2色の塗装色がマッチし、開業当時は「恰好いい」という言葉しか出てきませんでした。
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(車窓からの景色は流れるように速く、感激でした)
 標準軌のため、在来線特急と比べると車長は24・5mと5mほど長く、車幅も3、38mと50㎝ほど広く、5列シート(普通車)には驚きました。開業時は12両編成でしたが、乗車時は1970年の日本万国博覧会開催に合わせ輸送力を増やすため16両編成になっていました。
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(0系運転台・カワサキワールドで)
 興味津々で長さが400mもある車両を何往復もしました。最高速度は世界初の200㎞超えの210㎞(その後220㎞)。食堂車に設置された速度計の針が最高速度を示すのを待ちかね、写真に収めたのを覚えています。
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(0系の後継車両の100系・京都鉄道博物館)
 その後、新幹線は北海道から九州にまで路線が拡大し、東北・秋田新幹線の「はやぶさ」「こまち」は最高時速320㎞で運転。さらに東京-名古屋-大阪間を結ぶ計画の超電導リニアは、最高速度500㎞での運転が予定されています。
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(0系のウエストひかり車内・カワサキワールド)
 昔は新幹線のなかでも会話が弾む光景が多く、車内販売で味わえるアイスクリームも楽しみの一つでした。ところが東海道新幹線では今年10月末で静かな車内環境を求める意見等を受け、サービスが終了しました。鉄道利用は旅、ビジネス等さまざまでしょうが、中央新幹線が開通し、超電導リニアになると車窓の風景を楽しむことはできず、地下鉄と同じ状態に。地上を走る区間もあり、富士山は見える可能性も指摘されていますが、数秒程度になるでしょう。まさに時間をお金で買う時代に突入ですね。
未知のスピード追い求めた「七人の侍」
 タイトルに「七人の侍との出逢い」と入れています。これは東海道新幹線開業を2年後に控え、それまでに「時速200㌔以上で走行できる電車を完成させる」という難題に立ち向かった全国から選り抜かれた7人の旧国鉄マンのことです。私はそのうちのひとりで、神奈川県のモデル線でテストパイロット(試験運転士)の中心的な存在として未知のスピードを追い求められた方と知り合うことができました。機会を見て苦労話やエピソードをお尋ねし、まとめたいと思います。 

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